2022年トンガ噴火の「気象津波」を受けて変わった遠地地震情報

この記事は防災アプリアドベントカレンダーhttps://adventar.org/calendars/7488 )の25日目です。

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今年も私が主催させていただきました。ご参加くださった皆さん、ありがとうございました。

 

さて、2022年1月にトンガ諸島で発生した大規模な噴火は、日本の沿岸に1mを超える津波をもたらしました。しかし、気象庁はこのような高さの津波を予測していませんでした。これは、この津波地震などで起こる一般的な津波と異なった「気象津波」であったことに由来します。この記事では気象津波の発生メカニズムを整理し、それを受けて変わった遠地地震情報の発表内容についてまとめます。

 

噴火の概要

2022年1月15日13時頃(日本時間)、トンガ諸島のフンガ・トンガ−フンガ・ハアパイ火山で噴火が発生しました。噴煙の高さは、気象庁の静止気象衛星ひまわり8号アメリカ海洋大気庁のGOES-17により、最高点で58kmに達しました*1ひまわり8号による衛星画像を繋いだ動画では、その噴火の大きさがよく分かります。

噴火時の気象衛星画像(気象庁

 

この噴火の大きな特徴は、空気中を伝わる波が観測されたことにあります。この噴火の際には、主にラム波大気重力波が地球表面を伝播し、2種類の気象津波をもたらしました。

 

気象津波の原因(1)ラム波

先ほどの動画を見ると、噴火後に衝撃波のような波が中心から外側に広がっていく様子が分かります。これはラム波(Lamb wave)と呼ばれ、気象衛星の水蒸気画像を解析することでその伝播を詳しく見ることが出来ます。

 

 

ひまわり8号の水蒸気画像から解析されたラム波の伝播( https://www.riken.jp/press/2022/20220509_1/index.html より)

 

ラム波は音波の一種です。音波は空気を圧縮・膨張させながら進む波であることから、その到来を気圧計によって観測できます。トンガ噴火の際にも実際に世界各地で気圧変化が観測されました。たとえば日本ではウェザーニューズ社が全国約3000箇所に整備している観測機網「ソラテナ」の気圧計により、南東から気圧変化が伝播していく様子が観測されました。

 

 

台風で強い風が吹くと海の波が高くなるように、空気と海は常に影響しあっています。火山噴火をシミュレーションした研究では、ラム波が伝播するとその瞬間に海面高さが変化していくようすが再現されました。

 

https://www.science.org/cms/10.1126/science.abo4364/asset/10e31e60-ce14-4a28-9282-8e27429b69ec/assets/images/large/science.abo4364-f3.jpg

図:ラム波の伝播と海面高さ、海底圧力のシミュレーション(Kubota et al., 2022)。

 

空気中を伝わるラム波の伝播速度は約300m/sと、海中を伝わる津波の伝播速度(平均約200m/s)よりも高速です。

噴火当時、トンガ近傍で80cm程度の津波が観測されたことを受けて気象庁は19時1分に「日本に津波が到達する場合は早くて1月15日の21時頃」とする津波予報(予想高さ20cm未満)を発表しました。しかし、ラム波は高速に伝播することから、日本では21時を待つこと無く、例えば父島では20時頃から海面変動が観測されはじめました。

潮位と気圧の時系列変化と津波到達予想時刻( https://www.jma.go.jp/jma/press/2207/27a/houkoku_zuhyou.pdf より)

 

このように、日本で観測された潮位変化の初動部分(津波でいう第1波)は、空気中を伝わったラム波が海面を強制的に揺らしたことによって発生しました。

 

気象津波の原因(2)大気重力波プラウドマン共鳴

ラム波は潮位変化の初動に影響を与えた一方で、潮位変化は数時間〜数日継続しました。それに、先ほどの図のように父島や奄美では初動から数時間遅れて最大振幅が観測されました。つまり、気象津波はラム波以外によっても引き起こされていたのです。

その原因には大気重力波(gravity wave)*2が関係していると考えられています。大気重力波もラム波と同様に噴火の際に励起されて地球全体と伝わっていったと考えられています。

空気中の波と海中の波の移動速度が一致したとき、長い距離を伝われば伝わるほど、海中の波の振幅が大きくなっていく現象としてプラウドマン共鳴というものがあります。大気重力波の伝播速度は約200m/sとラム波より低速で、この速度は津波の伝播速度がほぼ同じなのです。例えば、振り子をいろんな周期で振ったとき、ある周期で振り子が強く振れるようになります。これは共振あるいは共鳴と呼ばれ、振り子の固有周期と揺らした周期の一致が関係しています。このように、偶然ふたつの要素がぴったり一致すると、物体の振動がどんどん大きくなっていく現象がしばしば存在します。

ラム波と大気重力波の伝播が潮位変化をもたらした模式図(Kubota et al., 2022)。

 

このように、日本で観測された潮位変化の初動以外部分(津波でいう後続波)は、空気中を伝わった大気重力波が海水とプラウドマン共鳴を起こしたことによって発生しました。

噴火による遠地地震情報の発表

ここまでのように、日本で観測された潮位変化の原因はラム波と大気重力波にあることが分かりました。ここで問題となるのは、どちらも空気中を伝わる波であるということです。一般的な津波であれば遠方からの波が減衰しながら伝わるため、遠方の海で潮位変化が無ければ、日本付近でも津波は無いと判断できます。しかし、ラム波や大気重力波の場合は、遠方で潮位変化がそこまで大きくなかった場合にも日本付近で潮位変化がもたらされる可能性があるのです。特に大気重力波は、プラウドマン共鳴によって遠方ほど大きな潮位変化をもたらす性質があるため、予測が非常に困難です。

気象庁はこの性質を踏まえ、2022年2月8日より、世界中のどこかで噴煙高さ15km以上の噴火が発生した場合はもれなく遠地地震に関する情報を発表するようになりました。「遠地火山情報」や「遠地噴火情報」ではなく「遠地地震情報」で発表する理由は、遠方で発生した火山噴火による潮位変化の可能性を伝える仕組みが存在しなかったためです。2010年チリ地震など、遠方の地震やそれによる津波を伝える仕組みとして遠地地震情報があり、現在はそれを流用しています。

遠地地震情報の発表は最低3回程度が見込まれています。具体的には、噴火が発生したとき、ラム波の到達予想時刻を過ぎたとき、(津波が無ければ)津波の心配がない旨を伝えるときです。海外で津波が観測された場合や、気象衛星画像で明瞭な気圧波(ラム波など)が見られた場合には、随時発表がなされます。

遠地地震情報とは異なりますが、津波警報・注意報についても触れておきます。国内で潮位変化が観測された場合、その高さが20cmに到達した時点でその地域に津波注意報を発表します。また、気象衛星画像で明瞭な気圧波が見られた場合、20cm未満のわずかな潮位変化であっても津波注意報を発表します。いずれの場合も、1m以上の津波が観測された場合は津波警報への切り替えを行います。実際には分かりませんが、3m以上の津波が観測されれば大津波警報も発表されるものと思います。

遠地地震情報と津波警報・注意報の発表フロー( https://www.jma.go.jp/jma/press/2207/27a/houkoku_gaiyou.pdf より)

 

まとめ

2022年1月に発生したトンガ諸島の噴火とそれによる津波「気象津波」は、地震・火山分野に大きな衝撃をもたらしました。特に気象庁は、火山噴火に関する遠地地震情報を発表するようになりました。ただし、地震と異なり火山噴火による津波は過去の知見が少ないため、その運用は難しくなることが想像されます。

なおラム波や大気重力波は空気中を通るため、陸上の火山でも津波を引き起こす可能性があります。「津波は海底火山でしか起こらないのでは?」と考える人たちには新たな知見を教えていく必要があるのかもしれません。

 

文献ほか

Kubota, T., Saito, T., & Nishida, K. (2022). Global fast-traveling tsunamis driven by atmospheric Lamb waves on the 2022 Tonga eruption. Science, eabo4364.

 

Kubota et al. (2022) には日本語の紹介記事もあります。

quaketm.bosai.go.jp

*1:https://earthobservatory.nasa.gov/images/149474/tonga-volcano-plume-reached-the-mesosphere より。

*2:相対性理論で出てくるような重力波(gravitational wave)とは違います。

地震情報リアルタイム受信ソフト Quail Fast

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動作イメージ(画像はバージョン1.0当時のもの)

 

 

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Quail Fastは、地震情報を気象庁発表から数秒以内に即時受信し、地図付きで表示するWindows用ソフトウェアです。

※現在は公開を停止しています。

 

 

概要

Quail Fastでは、気象庁から気象業務支援センターを経由してWebSocketにより気象情報等を配信する有償サービス DM-D.S.S (Twitter: @pdmdss )のデータを利用し、震度速報、震源に関する情報、震源・震度に関する情報を受信します。

最新情報については観測された最大震度や震度分布などを地図付きで表示するほか、それ以前の最新7件についても一覧で表示します。

 

使い方

以下の工程で使用できます。なお、工程2~5は DM-D.S.S に関する設定です。

  1. Quail Fastをダウンロードし、zipファイルを解凍します。
  2. DM-D.S.Sのトップページより、アカウントを作成します。
  3. データ(有償)を受信するにあたり、クレジットカードを登録、またはコンビニチャージや銀行振込によりチャージします。
  4. 契約区分ページより、地震津波関連(15円/日、最大350円/月)の「開始」ボタンをクリックして契約を開始します。
  5. APIページより、「追加」ボタンをクリックします。適当な名前をつけたあと、許可設定で、
    ・parameter.earthquake
    ・socket.start
    ・telegram.data
    ・telegram.get.earthquake
    ・telegram.list
    の5つにチェックマークを付けます。その後、上部に表示されているAPIキーをコピーします。
  6. 1で解凍したあとのフォルダにあるdmdata_key.txtをメモ帳などで開き、5でコピーしたAPIキーを貼り付けて上書き保存します。
  7. インターネットに接続されている状態でQuailFast.exeを起動します。
  8. 起動後は、自動で情報を受信します。

 

起動直後にはウィンドウ左下に「status: connected」と表示されます。これは、データ配信サーバへの接続に成功したことを示します。

また、接続中は20秒に1回、切断されていないかの確認(疎通確認)を行います。ウィンドウ左下に「ping: (現在日時)」と表示されますが、この日時がパソコンの時計と20秒以上の差が無ければ、接続が続いていることを示します。なおデータの受信および表示については、この日時と関係なく気象庁の配信から数秒以内に行います。

 

ダウンロード

最新バージョン:Version1.1 (2021-02-24)

※現在は公開を停止しています。

 

注意事項

  • Quail Fastを使用するには .NET Framework4.8 のインストールを必須とします。
  • Quail Fastの再配布および逆コンパイルを禁止します。
  • Quail Fastで描画された地図を利用する場合は、地図右下の「地図データ 気象庁, Natural Earth」というクレジットを隠さずに利用するか、各自でクレジットを明記してください。
  • Quail Fastを使用するにあたって生じた損害等については、いかなる理由においても一切責任を負いかねますのでご了承ください。

 

問い合わせ

作者Twitter( @compo031 )までお願いします。

 

その他

バージョン履歴

  • v1.1(2021-02-24)
    最新情報が震度速報のとき、一覧にある他の情報のマグニチュードが非表示になっていた不具合を修正しました。
    更新報のある震源・震度情報を受信した直後に、正しく情報を表示できなかった不具合を修正しました。

  • v1.0(2020-12-29)
    初版

 

"震度0"を意味する"震度不明"のEEWを考える

これは 地震界隈 Advent Calendar 2020 - Adventar の25日目の記事です*1

お陰様でこのアドベントカレンダーも最終日を迎えることができました。

12月に入ってから勢いで作ったカレンダーですが、13人の方によって21日分が記事として登録されました。ご参加いただいた方、どうもありがとうございました!

また機会があれば来年もご参加よろしくお願いします。

 

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さて、今年も残すところあと数日となりました。今年は現時点で、一般向け緊急地震速報の発表数が去年の2倍以上の17回となっており、緊急地震速報を耳にする機会が比較的多い1年となりました。

この記事を見ている方はご存知の場合が多いと思いますが、緊急地震速報(Earthquake Early Warning; EEWと略します)は、揺れを観測した地震観測点(地震計)の地震波形データを使ってほかの様々な地域の揺れを予測するシステムで、気象庁が2007年より運用しています。

 

緊急地震速報として発表される情報は、

・最大震度5弱以上と予測された場合に発表される「一般向け」

・最大震度3以上またはM3.5以上と予測された場合に発表される「高度利用者向け」

に分けられます。

このうち高度利用者向けでは、震度情報が存在しない、いわゆる最大震度不明のEEWが発表されることがあります。

 

気象庁が最大震度不明として情報を発表する条件は、大きく3つあり、

①深発地震震源深さが150kmよりも深い)と予測した場合

震源や規模などを予測するにあたって使用した地震観測点が1点の場合

③最大震度0(1未満)と予測した場合(コード電文において)

となっています。

 

①は、深発地震では震度予測の精度が低くなるためです。

深発地震では揺れの分布が特殊になります*2

しかし、緊急地震速報の震度予測ではこのような例まで考慮されていないため、予測と観測で震度が乖離するおそれが大きく、EEWでは最大震度不明として扱います。

 

②も①と同様に、震度予測の精度が低い場合があるためです。

2016年8月1日に発表された東京湾震源地とするEEWでは、1点の地震計で加速度の出力データに急激な変化を観測したため、地震の規模をM9.0~9.1、最大震度7と予測し、高度利用者向けEEWを受信している人々のあいだで話題となり、混乱をもたらしました。当時私が制作していたKyoshin EEW ViewerというEEW通知アプリでは、利用者がキャプチャ画像をTwitterに投稿し、1万リツイート以上の拡散を生んだほか、気象庁のPDFにもその様子が掲載されました。このアプリが少なからず混乱を招いてしまったことに関しては、アプリ制作者としてとても申し訳なく思っています。

本来、高度利用者向けEEWのデータ取り扱いは慎重に行う必要があり、上述の自作アプリにも大きな落ち度があったわけですが、気象庁はその後、1点の地震計のみによる震度予測については最大震度不明とするように仕様を変更しました。

 

さて、③についてですが、これは私自身の憶測です。というのも、気象庁のEEW関連の技術情報(配信資料に関する技術情報 第216号や、同427号)に関連の情報がないためです。

EEWの発表形態には、コード電文形式とXML電文形式の2つがあります。ウェザーニューズ社のThe Last 10-Second防災科学技術研究所強震モニタなど、有名なEEW受信媒体ではもっぱらコード電文を取り扱っていて、Twitter@UN_NERVなどの一部ではXML電文を取り扱っています(たぶん)。

コード電文とXML電文では情報の内容はほとんど同じなのですが、最大震度の表し方は異なっています。コード電文では震度を1/2/3/4/5弱/5強/6弱/6強/7/不明の10パターンで定義しているのに対し、XML電文では震度を0/1/2/3/4/5弱/5強/6弱/6強/7/不明の11パターンで定義しています。

震度を計算するうえで最大震度が1に満たないことは当然あるでしょうから、XML電文では震度0の値が使われていると推測しているのですが、となるとコード電文ではそれをどう表しているのかという話になり、震度不明として扱っていると予想しています。

たとえば、2020年12月20日の八丈島東方沖のEEWでは、予測深さは10kmで、(ページには記載されていませんが)予測に使用した観測点数は6点以上となっていました。このときのXML電文については入手難易度が高いため手元に無く検証手段がありませんが、震度0として扱われていたのだろうと推測できます。

 

 

このように、「最大震度不明」とするEEWには、震度を明らかにしないという文字通りの意味を持つパターン(①深発地震、②使用観測点1点)と、震度0の意味を持つパターン(③)があることが分かりました。

EEWデータを処理するにあたっては、①でも②でもない震度不明EEWは③に該当する、という解釈を入れることで、より情報を適切に扱えるようになるのではないかと思っています*3

 

 

*1:遅刻したので投稿は26日です。

*2:震源深さが150kmよりも深いような地震は一般に沈み込むプレート内(スラブ内とも言います)で起こります。震源から出た地震波はさまざまな方向に進み、もちろん直上に進むものもありますが、沈み込むプレートの直上にはドロドロと柔らかいマントルが分布しているため、マントルが耐震マットや免震ゴムのような役割を果たして、地震波のエネルギーを減衰させます。対して、直上ではなく斜めに進む地震波もあり、例えば硬いスラブ内を進んだ場合、地表付近までエネルギーがほぼ減衰しません。したがって地表では、震源が近い地域よりも沈み込むプレートが近い地域のほうが揺れが大きくなる傾向にあります。

*3:私自身は現在もEEW通知アプリの制作を行っていますが、今後リリースするものにあたっては、上記のような「震度不明」の一部を「震度0」とか「震度1未満」といった表記に置き換えるような取り組みを検討しています。とはいえ、元のデータ(最大震度不明としているデータ)の改変だと言われればそれも否定できないので、なかなか慎重にはなっているところです。